改めてありがとうございます!

続けて更新です。

久々にブログを更新して、足跡をたどってみると、本当にたくさんの方が繰り返し訪問してくださっていて。すごく幸せなことだなあと。実は一昨日、昔の職場の仲間たちと飲んだ時に、僕のブログを見てくれていた人もいて・・・。嬉しいし、責任をもって続けることも大切だと感じました。

書きたいことはたくさんあるので、また続けていきたいと思います。

本当にこれからもお願いします!
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家族と花火とおばあちゃん

先日、我が家のママさんのお母さんの10年祭のために親族でホテルに一泊しました。ちなみに、ママさん一家は、神道なので故人を偲ぶ際には、このような表現をするようですね。節目の年にはいつもママさんのお父さんが、このホテルを予約してしてくれて、みんなでご挨拶をしに行きます。で、そのホテルから、当日、ホテル(地元?)の花火大会があって、それが何と客室から間近に見えたので、思わず、写真や動画をとってしまいました!

写真2

上の写真が部屋からとった写真です!すごく綺麗で、こんなに素敵な花火を間近にみたのははじめてで、我が子たちも、お父さんの娘たち(つまり僕のお嫁さんであるママさんもママさんの妹とお姉さん)も大感激で、ホテルの予約をしてくれた(ちなみに費用も出してくれている)お父さんに珍しくお礼を言いに行っていました(部屋が別だったので)。

写真1

ちなみに、この写真は、たぶん初出場の2号と3号です!まあ、たまには出してみようかと思いまして。

さて、10年祭ですが、宮司さまもいつも同じ方なので、親族のことをよく知っていて、心に響くお言葉をいつもいただいています。今回は少し成長した孫たちに向けて、「おばあちゃんはいつもみんなを見ていて、それは少しも怖いものではなくて、見守ってくれているんだよ。でも、みんなが間違ったことをしたときには、ちょっと怪我や悪いことがあったりするので、そんな時にはおばあちゃんが教えてくれていると思ってね」みたいなことを話していました。後で、ママさんと妹は、この宮司さんの話を面白おかしく話題にしていましたが、そのときはママさんのお父さんや妹、そして、お母さんのご姉妹は、涙ぐんでいました。

きっとご逝去された今も、みんなの心にはそれぞれの「お母さん」、「おばあちゃん」、「妹や姉」、そして「妻」の姿があるんですよね。それをみんなが感じること、忘れていないこと、それが僕からしたら「義母さん」が、すごくすごく素敵な人だったということを想うのです。いつもではなくても、こうしてひとりの人と向き合えることは、みんなにとって幸せなことですよね。

「いのち」について

中学に入学した1号、すごく楽しそうです。部活の体験をいくつかして、やっぱりバスケ部に入るようです。クラスでは学級員になり、1年生の学級員組織の中の副委員長になったようです。1号の小学校からの友達が委員長、2号と同じ剣道の男の子も書記になったそうで、三役がみんな知ってる子で、パパとしてもなんだかワクワクします。

さて、今週は日曜日に図書館に行き、4冊借りてきましたが、すでに2冊を読み終えました。

一つ目は、雫井脩介さんの「つばさものがたり」です。この話は、夫婦に赤ちゃんができたところからはじまります。その子どもは、発達障がいを疑われるような言動があるのですが、実は「天使見習いの子」と友達なのです。この子のお父さんの妹は、早くにガンで亡くなった父が妻に言った何気ない一言、「病気が治ったらケーキ屋でもやるか」という言葉を実現するためにパティシエになります。東京へ出て、有名なお菓子屋さんに勤めますが、23歳でガンを患い、パリへの留学と誘ってくれた心を寄せる男性への想いを断念するのです。でも、自分の病状が悪化するにつれ、夢を実現しようと田舎に戻り、お母さんとお菓子屋さんをはじめるのです・・・が、お兄さんとその子どもが出店予定の店に行くと、子どもは天使のことば「ここは天使が立ち寄らないからうまくいかない、場所を変えればいいのに」って言ったのをそのまま伝えてしまう。そして実際にうまくいかない。彼女は誰にも病気のことを伝えていなかったけど、そのうち病状が悪化し、お母さんやお兄さんに伝えなければならなくなり、売上も上がらないから店を辞めて療養することになります。発達障がい疑いの子どもが、パティシエのお姉さんにどうしても「天使見習いの子が天使になるための試験を受けるところを一緒に見に来て欲しい」って頼んで、お父さん含め三人で見に行きます。そこでパティシエお姉さんは、見えるはずのない天使の光を目にし、もう一度夢を追う気になるのです!そして、天使見習いの助言も受けながら、改めて店を出店し、成功するものの、ガンの病魔は襲いかかってくる・・・・続きは、ぜひ読んでみてください。

ああ、今日も長くなっちゃいました。今週読んだもう一冊、アレックス・シアラーさんの「魔法があるなら」も書こうと思いましたが、あさってにでも、感想を書きたいと思います。

昨日のコメントでも書きました。3歳で虐待という本当に不幸な、回避し得ない形でなくなる人がいる。このものがたりのお姉さんは26歳でものすごく病状が重くなりました。僕や我が家のママさんの親も50代でガンで亡くなりました(僕はオヤジ、ママさんはお母さん)。そして僕の兄は、結婚した翌年に奥さんがくも膜下出血を発症し10年間意識のないまま闘病したうえ、昨年45歳でその人生を終えました。亡くなった兄貴の奥さんは、僕の家にきたとき、たぶんまだ数ヶ月だった1号を恐る恐るだきながら、「早く子どもが欲しい」って言っていました。が、子どもを授かることなく亡くなりました・・・子どもがいればいいのではないけど、せっかく素晴らしい命を授かったのに、その命を絶つ親もいる・・・心からつらいですね。

昨日の記事があったので(って自分で書いたからいけないのですが)、今日は明るい読書ネタ、でいこうと思っていたのですが、もっと重くなっちゃいましたね(苦笑)。でも、逃げてはいけないような気がしたので、書いてみました。次はいつも通りの楽しい子育ての話を書きたいと思います。お付き合い頂いた皆さん、ありがとうございました!

虐待・・・そして自立と自律

先週、仕事中に何気なく流れていたテレビを見ていたら、3歳の幼児が、親の虐待が原因で死亡するという痛ましい、本当に痛ましい事件が報道されていました・・・辛いです。その子が顔にあざを作り、正座をしている写真まで映し出されていました。親は、若い女性で、内縁?の夫と2人でその子を虐待したのです。僕は、なんの回避の術も持たない幼児や高齢者の虐待の話を聞くと、本気で同じ目にあわせてやりたいと思ってしまいます・・・でも、そんなことに全く意味はないですね。それに虐待をしてしまうすべての人が、本当に悪意に満ちているとは限らない・・・認めたくない部分もありますが。

とにかく、まずは子どもたちを守るすべを考えてみたい。「赤ちゃんポスト」、いろいろ批判とかありましたね。でも、僕はものすごく肯定します。例えば、多くのケースで、交際相手の男性が、女性の子どもを虐待するケースが多いように思います。大切な子どもがいながら、そんな男と付き合ってしまう、あるいは何らかの事情で育てることに困難がある場合、その子を守るべきだと思うのです。もちろん、親が幸せに育てることにこしたことはありませんが、その状況になってしまったら綺麗事をいってもどうにもならない。

今日、家に戻ると1号の中学校の入学式で校長先生が話した式辞が書かれたプリントが置いてあったので読んでみました。その中で、「自律とは、自分を律すると書く、自分をコントロールすることが大切」みたいな文面でした。僕は、決してそんな風に思いません。まず、「自立」ですが、これは、「自分でする」ことを意味すると考えます。自立支援、とか言いますよね。自分でできるようになることを支えるというわけです。そして、もう一つが「自律」。これは、「例え自分でできないことがあっても、自分の責任で自分の生き方を選ぶこと」だと思うのです。

僕の大好きな漫画に、「家裁の人」というものがあります。これは家庭裁判所の桑田判事を主人公とする物語です。この物語の中では、しばしば「選ぶこと、選べること」について直接的あるいは間接的に語られます。桑田判事は、物語の中で、「人は選べるから素晴らしいんだ」と言います。

もしも何らかの理由で、大切な子どもを自分の力で、つまり自立して育てることができない状況にあったとき、僕ならどうするだろう?って考えます。僕は躊躇なく、誰か子どもたちを幸せにできる可能性のある人に託すという選択をするでしょう。これは、ある意味で「自律」なのだと思います。

僕は、我が子だけでなく、少なくとも自分の力で虐待から逃れることのできない小さな子どもたちを心の底から救いたいと思います。救うというのは、「幸せにする」なんて偉そうなことまではもちろん言えなくて、「回避させる」というレベルで十分です。どうしたらできるんだろうなあ・・・

僕の考えに対して、いくらでも批判を受けますが、批判を恐れず言うならば「幼児ポスト」も必要だと思います。突飛な発想かもしれませんが、手続きとかを無視してできる無認可の受け入れ先が全国にあれば、救われる子どもたちが増えると思う。「犬や猫じゃない」という人がいるかもしれませんが、犬や猫、そして他の動物だって、同じように当たり前に生きる権利がある。

いつか、そんな取り組みを真剣に考えてみたいです。ビルゲイツのような人が、税金対策でいいから出資してくれたら良いのになあ、なんて真面目に考えるときがありますが、そんなことだから実現できないんですよね・・・他力本願(苦笑)。

子育ていろいろ(長文ですよ!!)

僕の仕事は、たくさんの渦に流され、飲み込まれ、アップアップしてますが、子供たちからは日々、たくさんのエネルギーをもらっています!最近のトピックスをまとめていくつか報告させてください(聞いてないかもしれませんが:笑)

先日、2号と3号が喧嘩をしました。すごく仲が良いのですが、喧嘩も頻繁にしています。ある夜、2号がふらっと僕の部屋に来て、ゴミ箱に何かを捨てて、カーテンを開けて外をみていると、突然の僕のベッドに来て泣き出しました。「オラは何もしてないのに、3号に死ねって言われたと」。震えながら、拳を握り締めて言うのです。3号を僕の部屋に呼んで話を聞きました。どうやら実際に言ったようですが、いろいろあったようです。2人を僕のベッドに座らせて、僕の気持ちを伝えました。「喧嘩することはあるし、今仲直りをしろとも言わない。でも、パパは自分の子どもたちに死んで欲しくなんかない。だからそんなことは言わないで欲しい。親はみんなそう思っている。だから、お前たちは友達にもそんなことを言わないで欲しい」と。その後、2人でお風呂に入って仲直りしたようです(なお、『あした考える』における「死ね」発言には愛があるので、今回の記事とは一切関係ありません:笑→いつも大爆笑してますし)。

それから、勉強、スポーツにやる気もなく、いつも大丈夫かと思う2号が、今年もバレンタインのチョコレート複数もらってきました。その中のひとりは、いつもお世話になっている、少林寺拳法の達人で肉食系女子でなぜかいつも遊んでくれる○○ちゃんです。ありがとう。そしてこれからもよろしく。ぜひ、お婿さんにしてください(笑)。

3号は、保育園時代から、3号に熱愛してくれている別の小学校に行った女子が、毎年、年に一度だけバレンタインの日に、チョコをもって遊びに来るのですが、今年も来てくれました。この愛はいつまで続くのでしょうか?結局、1号が数時間、その女の子の相手をしてくれていましたが・・・

最後に、今日の出来事です。先日、2号が理科のテストで奇跡の2号だけ100点、というテスト持ち帰ってきたので、僕の部屋に飾っていたら、3号が答えに「まい」という単位を書き忘れたことで減点されたテスト自信満々でもってきました。どうやら、僕の部屋に飾ってほしいようで、「じゃあ、ここに置いていくね」といって、2号の100点のテスト用紙の前の棚においていきました。その時、1号もいて、その「どや顔」を2人で笑顔で確認しました。

さて、残った1号。実は、3号の「どや顔」の前に、僕の部屋に1号が100点のテストを5枚持ってきて、「私は6年になって100点をとらなかったのは3回しかないんだよなあ」と言ったばかりで。いあや、自慢ですよ、間違いなく。ママさんの子どもとしてはありえますが、僕の子供としてはあり得ない。でも、頭の優秀さはママさんでも、感情の面では、ホントに僕が尊敬できるすごい子です。

そう、ここまではすべて前置きなのです!3学期の課題の中に、尊敬する偉人について感想文を書くという課題が出たそうで、それを僕が愛してやまない「アインシュタイン」にしてくれたのです!1号は、我が家にある、アインシュタインに関する複数の本を読んだだけでなく(語録集が中心ですが)、伝記も読んでいろいろ調べたようです。1号が、アインシュタインの何に感動したのか、それは、「あれだけの素晴らしい功績を残したにも関わらず、自分の功績を自分のために使うのではなく、その功績を平和(良い政治を培う)のために使ったこと」と言うのです。数ある素晴らしいアインシュタインの言葉の中から彼女が選んだ言葉は、アインシュタインマニアの僕でもはじめて聞いた言葉でした・・・「政治は今、この時のためだが、数式は永遠の未来のためのものだ」です。そのあと、30分にわたり、僕の見解を述べると共に、1号がなぜいくつもの言葉の中から、この言葉を選んだかを聞きました。

僕もママさんも、まあまあ(結構?、かなり?)変わり者ですが、子どもたちの日常には勇気づけられます。我が家には、普通の人からみたら、劣等生だったり、優等生だったり、変わり者だったり、弱虫だったり、強がりだったり・・・いろいろです。でも、僕もそうですし、ママさんに対してもそうですし、子どもたちに対してもそうですが、みんな一人の人間だから後悔しないように生きて欲しいと思うのです。心から愛してやまないみんなが、誰からも認められない生き方を選んだとしても、応援できる人でありたいなあ、と思います。